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カリーナ

 

 

 

 

 

人気のセリカの車台に、着せ替え人形のように異なるボディを纏わせたファミリーカー。

セリカと同じ1970年生まれのため、初めは後部ウィンカーも赤一色であった。

ファミリーカーとは云っても、セリカに乗るほどでもないがまだまだ若いという家族持ちの

青年層をめがけて投入されたモデルであるため、デザインは抑えめながらも軽快感を主張するスポーティなものであった。

 

縦長のテールランプは60年代の名残を残しながらもセミファストバックの後部スタイルを

美しく縁取る好デザイン。セリカ譲りの動力を持つため、のちのキャッチフレーズは

【足のいいやつ】−−−自然に後ろ足付近に注目を受ける立場であった。

 

 

  

 

意外なことに2ドアハードトップが出るまで2年もの期間を要している。このハードトップが

更にカリーナ人気を押し上げ、セリカに匹敵するスポーツイメージを獲得するに至った。

 

  

 

高人気のためか、モデルチェンジまでは約7年を経過していた。しかし、満を持しての

フルモデルチェンジは、先代の形をカローラにまぶしたような中途半端なものになった。

マイナーチェンジに間違われそうなほど変化を畏れたデザインである。

 

 

途中、流行の角形ヘッドランプを採用し、3代目にバトンタッチ。

 

 

   

 

1981年に出された3代目は相変わらず若さを意識したものだったが、バンパーから

グリルまでが黒に塗りつぶされ、プラスティック臭い、安っぽい質感になった。これは

この車のみではなく、同時期のものがおしなべてそうだったのだが、「メッキバンパーは

古い」という流れがあったのだと思う。ブラックアウトされた部分が多いほど「スポーティ」という時代だったようだ。

 

  

 

この後も4,5,6代目と代を重ねていったが、デザインは大人しくなる一方で

魅力は乏しくなっていった。いつの間にかコロナの兄弟車に位置づけられ、「若オヤジの車」といった役どころが定着していった。

 

1985年にはカリーナの名を使いながらも別車の「カリーナED」が発売された。

これは4ドアでありながら車高がぐっと低く、「ファミリーカーではない」との主張が

前面に押し出された派生モデルであった。たちまち本家カリーナを遙かにしのぐ

売れ行きを見せ、4ドアハードトップブームという不思議な流行を巻き起こした。

あまりの売れ行きに他社も急遽対抗車を準備することになり、日産プレセア、

三菱エメロード、マツダペルソナなどの同様の車たちが生まれた。が、雰囲気で乗る

タイプのものだっただけに飽きられるのも速く、3代目が現れた頃には大衆の関心

はRVに移行していた。EDは機能的に不合理だったことも災いして消えてゆく。

 

 

 

その後も本家カリーナは7代目として残り続け、あり合わせの車台やコロナ用の

エンジンの流用(1600GTを除く)でお茶を濁していた。更に8代目になる頃には

トヨタの車種も多大になり過ぎ、話題に上ることもない状態が続いた。

 

  

 

最期の型となる8代目のフロントマスクには中央にわざわざ区切りを設けて

「CARINA」と書いてある。このデザインはいただけない。シンボルマークなら

わかるが、車名のつづりをこの位置に持ってくるとは。余りにもわざとらしい

不自然な顔には、「もうカリーナのデザインになんかかまっていられない」という

トヨタの投げやりな様子が感じられ、哀れを誘う。辛うじて2000年代までは

寿命を延ばしたものの、存在意義がなくなりトヨタ車のリストから消される羽目になったのであった。

 

 

 

 

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