80年代にさしかかると時代の最先端は直線基調デザイン。何でもかんでも「テクノ」なる言葉をかぶせ、
もみあげを剃り去った、「テクノカット」なんていう変なヘアスタイルさえもてはやされた。「ガンダムルック」とは
直線基調ながらなにやらゴテゴテとすっきりしない無理矢理押し出しをきかせた感のあるデザイン。
これは三菱車に顕著に盛り込まれていた。
1979年に5代目として登場したセドリックは、例に漏れず直線風デザイン。集中電子制御エンジンや当時
革新的だった、量産車ターボを一気に実現させた意欲作であったが何故最初にセドリック?と思われたのも事実であった。
5代目
角が張っていることもあり、5ナンバーでも相当の大きさに見え、税制改正前の3ナンバー(年税7万円超)に
あえて手を出さなくとも十分な貫禄があった。また、ターボによる出力アップが排気量を増やすより維持費的には
有利(税額が安い)という計算も働き、以後「猫も杓子もターボ時代」を迎えることとなる。
続いて登場した6代目はデザイン的には全くのキープコンセプトであった。時代は更に直線を求め続け、
セドリック以外の日産の車種も、ほとんどがガキガキのロボット風デザインになった。更に社内の上級車種
を真似て下位車種を作るという悪習慣もでき、スカイラインを真似たラングレー、ローレルを真似た
ローレルスピリット(サニー)などあまり見たくはない車たちが連発された。
6代目のセドリックと、その下のローレルがやはりその関係で、デザインは酷似している。
それでも格差を付ける必要上、セドリックの排気量は2000cc超が中心となりバブル期の経済状況もあって、
旧型より100万円単位で価格アップが図られた。(旧型中心グレード:200E SGLが240万円だったのに対し、
次型中心グレード:V30E ブロアムは340万円超)
6代目
7代目登場の時期は更にバブルに磨きが掛かった頃で、価格は旧型と同じV30で440万円に大幅アップ。
それでも売れたセドリックは勢いづき、更にその次のモデルチェンジ時には派生車種としてシーマを生む。
7代目
デザイン的にはつなぎの感じで見るべきものはあまりない。
バブル絶頂の時期に出された8代目は3ナンバー専用ボディ。しかし、同様のデザインながら
人気に火がついたシーマが500万円の価格にも関わらず飛ぶように売れたため、セドリックの
影は薄かった。デザインはより私的になり、公用車としての需要はますます薄らいでゆく。
8代目
燃料大量消費を気にも留めないパワー最重視のターボを効かせた動力性能は、高級車のイメ−ジを
むしろ損なうものだった。シーマ及び8代目のセドリックは、中古になった途端「ヤンキー」専用車として
スモークガラス+シャコタンの恥ずかしい余生を過ごすことが多かった。日産のデザインはこのように流用されることが他社に比べても実に多い。
9代目の印象は実は皆無である。街の中で見たことはあるはずだが、全く覚えていない。
デザインについても語るべきものはないように思える。こんなのよりもJフェリーの方がよっぽど印象に残っている。
9代目
9代目の存在感のなさにさすがに危機を感じたか、日産は10代目にあたるモデルをインパクトのある形で出してきた。
あくの強い中世欧州騎士をイメージしたようなフロント部と、時代の流れであるボッテリ、もっさりしたボディを組み合わせて
「ポルシェデザイン」という噂つきでの登場だった。これは存在感十分で意欲的に思えたが、一方セドリックの役目である
公用車としての道は完全に閉ざされ、台数的には伸び悩んでいるようだ。日産では公用車対策として、いつのものかわからない
程の旧型を「クラシックSV」として平行販売しているようだが、個人向けのグロリアに対しての公用車的セドリックという位置づけ
だったから、現在は完全に立場を見失っていることになる。タクシー用としてクルー、VIP用としてプレジデントが有るわけなので
いよいよセドリックは不要車種として炙り出されることになって来るであろうと思われる。ティアナでは不満な程度に金持ちで
クラウンには乗りたくないという、日本人標準金満家のタイプを外れたへそ曲がりしか買わない車になってしまっている。
10代目
これがセドリック最終型なのでは無いかと疑われる現状である。
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