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カルタス

 

 

 

フロンテ800以来、小型車には手を付けなかったスズキがGMの

協力を得て18年ぶりに再び軽より大きい車に目を向けた。

 

1983年、1000ccのスズキ車はカルタスと名付けられ世界戦略車として

世に送り出されることになった。アメリカではシボレー、ポンティアックの

ブランドで、さらには日本国内でもいすゞにOEM供給されるなど幅広く

販売されていた。その理由の大きなものは経済性。当時の技術を

より集めて獲得した燃費は、数値上ではあるが33.4km/Lという

驚異的なものであった。プリウスのような多大なコストをかけたもの

に匹敵する好燃費を軽自動車と変わらない本体価格の車で実現した。

 

 

 

「俺タチ カルタス」なんていう舘ひろしを起用したCMも有名になったが、よく考えてみれば

車名に絡んだダジャレではないため、「俺タチ ジムニー」でも何でもよかったことになる。

 

 


 

 

初代の成功で、スズキは好感触を得て小型車の製造に自信を持ったようだった。

2代目ではコンバーティブルやノッチバックセダンなどのバリエーションにも挑戦し、

小型車作りの実績を重ねていった。形もだんだん洗練されていく。

 

 

 

 

コンバーティブルをこのサイズの車に設定したのは秀逸な感覚だと思う。

例によって国内での受けはよくないものの、海外での評価は高かったようだ。

今見てもコンパクトで軽快そうなその姿は魅力的なものである。

   

 

先日この2代目ハッチバックが前を走っていたが、見れば見るほどその

あっさりしたデザインがよく見えてきた。変に奇をてらった部分は全くなく、

現代のコンパクトカーのようにアクティブさを強調するとか、可愛さを

演出するとかの無理したキャラクター付けが見られないことが、却って

新鮮に映ったのである。このままのデザインでずっと作り続けても

よかったのではないかとさえ思えるような端正な造形であった。

 

モデルチェンジは不要と思えるほどの造形

 

 

 


 

3代目はカルタスクレセントとしてカルタスの上級バージョンという位置づけだった。

廉価版は従来の形で併売されるという変則型だったため、正式に3代目として数えて

いいのかはよくわからない。併売期間も長期にわたり、4年ほどあったようである。

 

 

この車のワゴンは当時のレガシィによく似ており、どっちがパクリ?といわれたものだった。

実際に発表されたのはカルタスが先だったが、下級車のカルタスをレガシィが真似たはずもなく

偶然のそっくりさんだったようである。

 

 

 

先代に比べ、ハッチバックは洗練された感じがしない。顔と体がミスマッチな

印象である。当時流行りのワゴンに合わせた顔作りであったのかもしれない。

 

 

一度はフロンテ800で失敗したスズキの小型車作りを軌道に乗せた功労車

としてカルタスは役割を終え、スイフトにバトンを渡しその名を消した。

 

 

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