FTO

 

 

 

1971年にギャランGTOに追加して発売されたスポーツクーペ。

当時三菱の中心車種となっていたギャランには同名を冠した派生車種が次々と登場した。

現在でもセダンにクーペ版を追加して発表する例は無いわけではないが、異なる複数の

クーペを立て続けに発表する例は皆無である。しかし、当時の三菱はギャランの好調を背景に

それをやったのである。しかも、ギャランとFTOのエンジンは全く別物であるなど、単なる外皮の

被せ直しでは無かったことが意外である。いうなれば全くの他車種でも良かったものを人気の

ギャランの名を借りて世に出したというべきなのかもしれない。

 

 

 

 

 

GTOが「グランド・ツーリング・オモロゲーション」の略とされるのに対して、

FTOは「フレッシュ・ツーリング・オモロゲーション」(新鮮な感覚のツーリングカーの意か。)

 

車長、ホイールベースに対して車幅が広い、機敏で軽快な雰囲気を持つクーペであった。

GTOが対スカイラインGTだとすれば、FTOは対セリカ辺りを狙った位置づけだったのだと思う。

ギャランにもハードトップがあり、この時の三菱はスポーツ路線に大きく梶を切ったのであろう。

結果、日産、トヨタを相手に三菱は健闘し、国内第3位の座を占めることもあった。

当時の上位2社の持ち玉の数を考えればいかにギャランシリーズが市場に受け入れられたかわかろうというものである。

 

その後、ランサーにセレステが設定されるに至り、ギャランFTOは姿を消すのであるが、

1994年、再びFTOの名を冠したクルマが生み出された。今回はギャランの名は外されては

いたものの、その位置づけは初代に近いものである。ライバルはやはりセリカとそれに並ぶ

シルビアやインテグラのクラスであった。デザイン的には他のライバルに比べ筋肉質で躍動的な

かたまり感のあるもので、その性能の良さを十分に表現したものであると思えた。GTOの格下

というような感じも全くなく、自信とプライドにあふれた形作りであったと言える。側面からの眺めは

同格の各車よりもRX−7の辺りを狙ったものかとさえ思えるもので、リヤサイドウィンドウは最小限

の大きさに抑えられている。個人的にはここはもう少し大きく採った方がバランスが良かったのでは

ないかと思えるものであるが、車体全体が締まって見えるためにはやむを得なかったのかも知れない。

 

 

 

そのコンセプトとデザインは登場した1994年のカー・オブ・ザ・イヤーを獲得し

V6 200馬力のエンジンや斬新なAT機構もクルマに詳しい人たちの興味を

惹くものであった。但し、後席の乗員には評判は悪かったようで、購入者が

所帯持ちになると次々と手放されてしまう運命にあった。

 

 

 

今でも街なかで出会ったときには流麗なボディに目を奪われるが、何故か中高年の

男性がハンドルを握っていることの多いオジサングルマになってしまっている。

 

 

 

 

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