ジェミニ

 

 

いすゞの主力ベレットが1970年代に入るとさすがに旧態化し、他社の車に明らかに遅れをとって

いることがわかると、いすゞは市場からベレットを引っ込めた。しかし、入れ替わりの車を出すわけではなく

しばらくは117クーペとフローリアンの台数の伸びない2車種でしのぐという綱渡り的な販売策を採っていた。

これは既にトラックが主力となっていたいすゞだからこそできた判断で、通常は次代の車が出来てから

旧車種と若干の併売期間を経て徐々に代替わりをするというのが一般的な手法であった。

 

初代ジェミニ

 

1974年に姿を現した外国車風の車はまさに外国車、アメリカのGMの構想による「世界共通車」

のベレット・ジェミニであった。逆にスラントした先端部を特徴に、新しい時代を主張する挑戦的な

形で現れた。外見はほぼ全くオペル・カデットと共通。中身のみいすゞの作品という、この点では

ヒルマンに先祖返りかとも思われる特殊な立場の車であった。「ベレット」の名を冠しているとおり、

いすゞとしては主力量販車として期待の一台である。また、「ジェミニ」とは双子座の意味で、この車が

単独で誕生したのではなかったことを明らかにした命名となっている。

この車はその後、逆スラントの先端部分を大きく改め、わざわざ特徴を失うようなマイナーチェンジを

施された。フルモデルチェンジが出来ないいすゞとしては、いじり回して印象を変え、売り続けなければ

ならないという努力の過程であったかと思われるが、オリジナルの美しさを失う改変の積み重ねであった。

 

 

 

二代目ジェミニ

 

いすゞらしくその後10年以上も手直しを重ねながらジェミニは延命販売されていたが

このクラスの車は軒並みFF化される時代を迎えていたこともあり、さすがにこのままでは

済まないところまで来ていた。先に117クーペに入れ替わってその座に着いていたピアッツァを

手がけたジウジアーロに三たび手を借り、1985年2代目が生まれた。ジウジアーロが線を引いた

ということを断らずとも、クーペの側面部の辺りにはピアッツァの影響が見え、それと知れるように

なっていた。軽快、かつ都会的な雰囲気のあふれる良作であった。

グレードにも幅があり、ごく普通のファミリータイプからラリーカーに準ずるようなチューニングモデル

までを取り揃えていた。「イルムシャー」「ロータス」などマニアの心を擽るブランド戦略はジェミニ以外の

いすゞの車種にも好結果、好印象をもたらしていた。

 

 

 

この車のCMはプロスタントチームを用いた斬新なものであったため、当時話題となった。

車が走るというより、ダンスするような動きは目を捕らえて離さないものであった。

「街の遊撃手」  キャッチコピーもまた印象深く、いすゞの車としては異例なほどの人気を博し、

月間販売台数がカローラを抜く月もあったという大金星も挙げた優等生であった。

 

いすゞ伝統のディーゼル車も根強い人気で、その驚異的な高燃費(30km/g近く)は、

経済的にうるさい人たちをも十分納得させるだけの威力があった。

 

その後、個性が足りないと見たのか、フロント部に悪役の隈取りのような吊り上がったサイドウィンカーを

配したマイナーチェンジが施された。これはこれで精悍な感じを醸し出し、悪くはなかったのだが

年輩者は拒否反応を示したかも知れない。

 

フロントの印象を変える

 

 

 

3代目

 

次のジェミニは1990年に現れた。必要以上にアメリカを意識したそのデザインは

運転の際、先端の見切りが悪いという欠陥を持つものであった。売れ行きも急落し

いすゞの乗用車生産に影を落としはじめた。クーペやハッチバックの追加も大きな

効果はなく、このモデルを最後にいすゞは乗用車の独自開発を諦め、他社のOEM

販売を選択することになる。しかし、話題には上らなかったもののクーペやハッチバックの

デザインはコンパクトパーソナルカーとして秀作と思えるものであった。

 

 

時代はバブル。3ナンバーのソアラなど豪華な車たちが幅を利かせていた頃でもあり

いすゞの小振りな経済車たちが注目を集めることはなくなっていた。1993年いすゞと

しては異例の3年余りでの生産打ち切り。実質上のジェミニの終焉であった。

 

 

 

 

4代目                   5代目

 

その後独自生産をやめたいすゞが販売したのは名ばかりの4代目ジェミニで実質は

ホンダドマーニ。従来の顧客をカバーするだけの役目を任せられた敗戦処理車であった。

ドマーニのモデルチェンジに伴い5代目まで販売されたが2000年、人知れず終止符を打たれ、市場から姿を消した。

 

 

トラックメーカーとしてのイメージが強かったいすゞが放ったジェミニは意外なほど

垢抜けし、他社の車とは一線を画する洒落た一面を持つものであった。末期のOEM

時代を除いてはいすゞの乗用車部門の創意と熱意に賞賛を贈りたい。

ジェミニ 1974−2000

 

 

 

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