リーザ/オプティ

 

 

50ccのミニバイクに乗っていたおばさんたちが、50万円未満の価格を付けたアルトの普及から

急速に軽自動車に乗り換えを始めた。女性の免許取得人口が爆発的に増え、

それに伴い女性向けの車も多く発表されるようになった。

 

 

アルト 47万円から(1979)

 

対抗するダイハツからはミラが出現し、共に女性ドライバー獲得にしのぎを削ることになる。

おばちゃんドライバーの氾濫は世間に波紋をもたらし、社会問題にもなった。知人と会えば

車線を塞いでも車をそれぞれ路上に停め、立ち話?(乗ったまま)を始める。ウィンカーを出さずに

気まぐれに急に曲がる。駐車場では後ろを見ずにバックし、後方で待つ車に接触した上、気づかず

走り去る。ドア開閉のたび隣の車にぶち当てて何とも思っていない。道を譲っても礼をしないどころか

睨んで通り過ぎるなど、数え上げればきりがない多様な悪行があったのは事実である。女性が免許を

取得するだけでほめられ、おだてられていた時代、逆にマナーは今の女性ドライバーより悪かった。

 


 

税金の関係で、同じ軽でも4ナンバーの貨物車に人気が集まり、ボンネットバン(ボンバン)ブーム

などといわれた。女性がターゲットとはいえ、当初は貨物車然としたデザインが主で、それがまた買い物

グルマとしては具合が良かったこともあって実用優先の形が尊重された。しかし、市場が成熟してくると

それには飽き足らない購買層も現れ、そこをめがけてデザイン優先の車が投入されることになった。

 

リーザ (1986)

 

ダイハツ・リーザ 実用を後回しにしたこの車は極端に傾斜した前後ウィンドウと切りつめられた屋根が

特徴的な、「女性が自分を引き立たせるために乗る」と位置づけられた初めてのタイプのものであった。

 

 

軽のスペシャリティ・クーペ的な位置づけはさらに後年のスパイダー(オープン)によって確定する。

 

 

この車でダイハツはホンダ・ビートやスズキ・カプチーノに対抗したのである。

 


 

リーザの後継は宮沢りえの宣伝するオプティだった。リーザへの不満を改善するべく

室内空間は拡大し、後席の頭上を確保した。丸目の愛嬌ある顔は更に女性仕様を強化し、

男がこの車に乗るには度胸を必要とするほどになった。この車が出された頃にはまた、

レトロブームなる懐古趣味が流行し、特に軽の世界では疑似旧車のような装飾が好まれる

という現象が起こった。各社とも、手持ちの車にそれらしき小細工をしたグリルを付けると

売り上げがぐんと伸び、少ない投資で利益を上げるにはもってこいの商売になった。

 

オプティ (1992)

 

  

オプティクラシック 2ドア/4ドア

 

後付けグリルの趣味は決していいとは思えないが、オリジナルの顔つきは生活の相棒として

親しみが持てる良い形だと言えよう。ダイハツもこのデザインに自信があったのか、

更に後年軽オープンスポーツのコペンにもこれに類する顔を与えている。

 

  

コペン

 


 

オプティは6年を経て1998年、新型になった。他の軽乗用と一線を画す立場は変わらず、

4ドアハードトップのうえ、トランク部にわずかに段を付けるという造形を見せて

軽スペシャリティで有り続けるというこだわりを見せた。

 

  

 

しかし、スペシャリティカーの立場は普通車でも厳しくなっており、そのこだわりに代価を払って

この車を買おうとする人は多くなかった。デザインも女性専用車から離れた感じがしたこともあり

どんな人が乗れば似合うのかがはっきり見えなくなってきた。メーカーとしては先代オプティで独身

だったオーナーが子持ちになって乗り継ぐ車、という意図もあったのだろうか。しかし時代は

この車の頭上を過ぎ、人気はムーブに集中したのである。オプティは2代で消え去ることとなった。

 

 

 

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