プレリュード

 

 

 

1978年に現れたスポーティーカーは、ホンダクーペ以来途絶えていた「スポーツの

ホンダ」復活か!と思わせる前触れであったが、排気ガス規制の時期であったこともあり

雰囲気重視のおとなしいものだった。「プレリュード」・・・前奏曲という意味のこの名は、

その後の音楽名シリーズにつながるホンダのフラッグシップとしての期待を匂わせていた。

 

シビック、アコードとトランク部を持たない、ちんちくりんなボディをヒットさせていたホンダ

ではあったが、この車には独立したトランク部を持たせたオーソドックスな形を与えた。

しかし、初代となるこのモデルには手放しで独自の存在感を確立することは許されなかった。

 

 

当時ホンダの花形であったシビックのイメージを持ち込め、とばかりにフロント部デザイン

には幹部判断でシビック同様の顔が填め込まれることになった、とこぼれ話にはあった。

この話が事実であればプレリュードは、いかに人気車とはいえ2級下の弟分の模倣を

させられたことになる。車格としてはアコードの1枚上を狙ったわけだから、ボディのデザインに

携わった人たちは不満だったであろう。リヤランプ類も「安全」を強調するために拡大された。

 

 

大外れを嫌ったホンダの安全策だったわけだが、90馬力ほどしかない性能にシビック顔が

付いている「スポーティー」ではさしたる説得力を持たず、ヒットは2代目以降に譲ることになる。

 

 


 

 

 

1982年、2代目は厚ぼったい印象だった初代を、薄く平たくした感じで現れた。

やはり明確に段を付けたノッチバックスタイルのまま、フロントには当時のスポーツ車

の必須アイテムリトラクタブルライトを装備した。この処理により、プレリュードはシビック

などとは明確に区別したイメージを与えられ、独自のファン層を開拓することとなった。

 

クリーンなスタイルとABS等の新機構のため、発表当初から売れ行きは良く、

当時やはり爆発的な人気を博したソアラにも引けをとらない勢いだった。

ソアラの「ハイソカー」に対して「デートカー」の称号を得てナンパの必勝アイテム

に祭り上げられていったこの車は、流す車として使われることが多く、本気で走りたい

タイプの人はむしろ、同じホンダでもCR−Xを選んだようだった。

 

この時点まではミラーはフェンダーにあった。


 

 

あまりの人気に、ほとんどそのままの形を保つこととなった3代目は

若干先代よりも押し出しが弱く、女性的なイメージを持っていた。

ヨーロッパ車のように洗練された印象を持たせようとする一方、余りにも

ありふれてきたリトラクタブルライトに見切りを付ける動きも見えるように

なってきた。その答えが「インクス」と呼ばれる通常ライト車。ボディの他の

部分はそのままに、顔の部分だけをアコードのように改変したものである。

 

 

実際、リトラクタブルライトには抵抗があったやや年齢の高い層も、これには乗れる

という例もあったようだ。4WSという四輪操舵装置も大いに話題となり、先代同様に好調な販売を続けていった。

 


 

1991年にはライトを固定式のみにした4代目が現れる。法律の変更に伴い、

ボディは拡大され、丸みを帯びていた。二代続いていた平たいイメージが一転

して尻上がりの躍動的な形になった。ヘッドライトの内側に敢えてスリットを入れ、

表情を引き締めてもいる。人気の続いた形を大きく変えるには思い切りが必要

であっただろうが、リトラクタブルライトはアメリカの保安基準に合わず、輸出を

考える際には採用できないようになるという事情もあり、いい見切り時期でも

あったようだ。このイーグルフェイスはどこか、先祖に当たるホンダ1300クーペ

の表情に通じるところもあるようにも思う。甘さのみの演出に流れない秀作であった。

なお、税制改革に伴い排気量、車幅とも3ナンバーに属する数値となった。

 

 


 

 

1996年、5代目となるモデルは先代の横長の目つきから一転し、縦目のシンプルな

顔つきになった。先代より曲線を抑え、車体にも余分な装飾を持ち込まないクリーンな

印象である。この時既にスポーツ車の主流から外れていたロングノーズを敢えて採用し、

時代への抵抗も見せていた。しかし、プレリュードに限らず、スポーツ車は販売ふるわず

このモデルを限りにプレリュードの系譜は途絶えてしまう。ホンダがミニバン専門店になる

決心をしたという証のようにも思える打ち切りであった。

 

今、この車が街に泳ぐ台数は決して多くないが夜間たまに見かけると間延びして見えた

ヘッドライトが意外に精悍であることに気付く。2階建てライトのためヘッドライトとして上部

のみ点灯させてゆったりと夜の街を流している際には、なかなか知的な表情を湛えた

魅力のある表情になるのであった。−−−プレリュード、CR−X、ビート、インテグラ・・・

ホンダが捨ててきたものは今残っているものよりずっとホンダらしかったように思うのだが

「前奏曲」のあとに来たものがミニバンの嵐であったとは、とんだ期待はずれの楽団である。

 

 

 

 

 

 

 

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