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プレーリー

 

 

 

 

初代

 

日産が1982年に発表した素っ気ない箱形のバンは、今になって思えば偉大な存在であった。

このころ、多人数乗車の車といえば貨物車から派生したワンボックスワゴンが当然の選択で

他の選択肢はほとんどなかった。そこに登場したのが少々不格好とはいえ乗用車の形をした

この車である。当時のサニーのような顔つきとセンターピラーのない超開放的なドア。これで

8名が乗車できるとあればビッグヒットが狙えるはず....。と日産自身も目論んだであろう。

 

  

 

しかし、時代はこの車を欲していなかった。核家族化が進み、老人や女性も運転免許を持つように

なって、一台あたりの乗車人数は多くはなかった。多人数乗車の必要のある工事現場ではワンボックスが

重用されたし、荷室まで伸びたルーフは相変わらず商用バンのイメージを抜けられないこともあって

本当の多人数家族以外にこの車を求める例は多くなかったのである。

 

機能的ではあったが、あまりにも事務的で素っ気なかった初代のデザインの反省から2代目はレジャー指向の

雰囲気を表に出して発表された。1989年という2昔前のデザインではあるが、すでにこの時点で現在のミニバン

にほぼ等しい形が完成されている。むしろ窓面積の広さから、室内の開放感では現在のミニバンに勝る快適性を

持っていたとも言える。初代1500〜1800ccと、フル乗車では少々不足であった排気量もこのモデルでは2000〜

2400ccと増強され、これで何の不足があるのかとさえ思えるのであるが、時代はまだ追いついてこない。

 

  

2代目プレーリー

 

1990年代半ば、時代がミニバンブームの兆しを帯びてくると、ブームはワンボックス派生型のラルゴとセレナに任せられた。

元祖のプレーリーは乗用ワゴンタイプのジョイを出すなど1歩引くような感じになった。大ブームの余波で、そこそこ需要は

あったものの80年代から時代を先取りしていたプレーリーに時代が追いついたとき、元祖はその中心にはなかったのであった。

 

 

プレーリージョイ

 

それでも元祖は表舞台にあり続けた。サブネームを更にリバティに変え、続くミニバン需要に応えようと改良を重ねた。

しかしこのころにはミニバンのデザインは既に行き詰まった感じになっており、新たなインパクトを市場に提示するには

至らなかった。私個人の印象では、2000年代のものよりも1980年代のものの方が使って楽しい形に見えてしまうのである。

 

遙か先のミニバンブームを見越して生まれたわけでもなかったのであろうが、結果としてプレーリーは

三菱シャリオとともに、日本車ミニバンの先祖ということになったのであった。

 

プレーリーリバティ

 

 

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