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ランドクルーザー

 

 

 

トヨタBJ

 

 

軍用車として警察予備隊(のちの自衛隊)に納入されるために開発され、1951年に

生産が開始されたトヨタジープ。まもなく三菱がジープのライセンスを取得したため、

トヨタBJと名を改めるが更に1954年にはランドクルーザーと名付けられることになった。

その後も細かな改良を進めながら海外にも販売したため世界各地の要望に応じて数え

切れないほどのバリエーションを持つ。この種の車の当初の成り立ちはまさにジープ

そのままであるのだが、生産終了まで殆どその姿を変えなかったジープに対し、トヨタ

らしく、ランドクルーザーは市場の要望に細かく応えその姿を変えていった。

 

FJ21

 

 

FJ40

 

1960年代、40系になる頃にはランドクルーザーはだいぶ民生よりになってきており

軍用車のイメージは薄らいでいる。雪国の地方事務所やハンターなどが愛好していたという

印象がある。この車は今でもたまに見かけるが左右斜め後方が死角にならぬよう、湾曲した

ウィンドウが填められており、民間向けの設計になった象徴のように思われた。

 

その後も40系に並行して50系、60系が販売されたり、ボディタイプが様々用意されたりと、

複雑な系譜の中で確実に育っていたランドクルーザーであったが周囲の状況はだいぶ変化

していた。国内に不整地などはほとんど無くなり、業務用としてのものの他はだんだん実用から

                離れた使い方をされるようになってきたのである。

 

 

 

 

80年代には乗用車化が進み、90年代初頭にはクロカンブームなる不思議な現象を迎えるに至った。

生産から廃車まで殆どアスファルトを踏み外すことのないクロカン車(当時はそう呼んでいた)が当たり前

のように街に溢れはじめたのである。バブルの時代背景があるとはいえ、これは全く異様なブームだった。

本来の性能は全く発揮されることなく、見た目の剛直さだけを期待されてただひたすら街を走る大柄な車体。

活躍の場であるはずのオフロードに出ることも、急な砂利坂を登坂する機会もない買い物グルマとしての存在。

スーパーの駐車場に並ぶ姿が浜に打ち上げられた海亀のようにも見え、気の毒な感じさえする車たちであった。

 

プラド

 

70系からはプラドという副名も与えられ、80系〜120系とその後も高級化は続いた。

もはや上級系の内装はセルシオ並みとなり、原野を巡航する本来の立場を示すものは

名前のみになった。600万円を越えようとするその価格も、オフロードにこの車を連れ出すことを

不可能にした。走行機構的には悪路走破に適するものを与えられていたとしても、林道や

藪道で両脇からこの車を叩き付ける木の枝攻撃に耐えられるオーナーはまずいないであろう。

そんな場所(本来の活躍場所)に行けば1回で両側の塗装が傷だらけになるのは目に見えている。

 

実際に悪路に連れ出されるジムニーなどとは異なり、「ワイルドなイメージを演出したい金持ちの車」

になってしまったのである。オーナーを演出するために無駄な4WD機構を延々と運び続けるだけの毎日。

SUVの形をした変わった高級車という特殊ジャンルの筆頭になったランドクルーザーは、その転売金額の

高さから、金持ちのみならず国内外の車窃盗団の注目をも集める換金人気車種の頂点に登り詰めた。

 

イモビライザーに頼りながら盗難に日夜怯え続けるだけの毎日を過ごす大柄な乗用車になり果てた

ランドクルーザー(タウンクルーザーへの改名を勧める)を羨望の眼差しで見る理由は今や全くない。

 

 

 

100系

 

 

 

 

 

 

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