1978年にセリカ2代目の拡大版として登場したセリカXXは、アメリカで大成功している
日産フェアレディZの市場を狙ったトヨタの隠し球であった。もともとアメリカでデザインされた
既存のセリカのボディ、エンジンを拡大し、当時格段に税金の高かった3ナンバー(2600cc)を
設定するなど、主に輸出を意図したモデルであったが、国内販売も考慮し2000ccも用意された。
2代目XXはセリカから独立したモデルとなり、よりアメリカ中心の味付けがなされた。
当時アメリカでもスポーツ車には広く取り入れられたリトラクタブルライトを採用。
単純だが力強い面構成で日本人にも人気があった。名称のXX(ダブルエックス)は
猥褻画像の意味があり、輸出用には使えないためスープラの呼称が用いられた。
英語で言うスーパー(超)の意味である。国内でそのままの呼称が使われなかったのは
やはり語感の悪さだと思う。「スーパー」では車名になり得ないし、かといって「すーぷら」
も当時は耳に馴染む語ではなかった。特に「ぷら」の音は、「ぷらぷら」「ぷらすちっく」
のように軽く、安っぽいイメージがある。しかしそれでも猥褻の意味のXXよりはましだ
ということもあって国内用の呼称にも取り入れていかざるを得なかったのであろう。
国内スープラの初代は1986年、今度はセリカではなくソアラと共有のメカニズムで登場。
後席横の窓は省略されるなど、後席の乗員のことはほとんど配慮されないデザイン。この手の
造形はほとんど行き着くところまで行ってしまった感じで、RX−7,スタリオンなども同様の
処理が行われていた。アメリカ車の中にも類似したものが幾例もあり、「ナイトライダー」など
の映画にも用いられていた影響もあって当時の若者の間では人気のある形だった。あらゆる
乗用車の中で、最もアメリカ車と日本車の境が混然としていた分野であり、言い換えれば
アメリカ人の好みを最も取り入れたデザインがなされていた時代であったということであろう。
あくまで前後のオーバーハングは長く、乗員スペースはそれほど考慮されていない。
これほどの大きさがあっても後席にはほんの申し訳程度の座席が設けられていただけであった。
国内では2代目となるスープラは今まで「スポーツカー」という表現を避けてきたトヨタが
リアルスポーツと言い放つ力の入れ方で1993年登場。排気量も車体の大きさもほとんど
制限を考慮せず、造りたいように造ったという感じの造形で、押し出しの強いものであった。
悪くいえば本能のまま知性の抑えも効かない印象でもあり、堂々とした下品さを表立って
アピールするという意味で、日本車離れした特異なキャラクターでもあった。80点主義と
いわれるトヨタ車の中でこのように思い切った車作りができたというのも業績が好調である
という裏付けがあってのことだったが、長期のスポーツ車の低調ぶりにトヨタも見切りを付け
2002年市場からスープラを引き上げるに至った。トヨタはその後もセリカやMR−S等の
スポーツ車をカタログから落としてしまい、最大利益を更新する業績最高潮の中にありながら
逆にフルラインアップの自動車メーカーの看板を降ろす道を選ぶことになった。マツダが
トヨタの数分の一の企業規模ながら複数のスポーツ車種を作り続けているのとは対照的
な対応であり、車作りよりカネ作りのトヨタの姿勢を露わにする出来事であったと思う。
トヨタは儲かりさえすれば別に自動車屋でなくてもいいとさえ思っているのかも知れない。
織機屋から自動車屋に転身したときのように、いずれ銀行にでもなるのではないか。
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