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トゥデイ

 

 

トゥデイ 1985年

 

現在のように室内拡大一辺倒の軽自動車ばかりではなかったにせよ、軽自動車にとっては

室内空間の確保は登場時からの課題である。しかしここに敢えて背を向けた変わり者が現れた。

しかもフロンテクーペのようなスポーツ車ではなく、4ナンバーの貨客兼用車としてであった。

 

 

 

リヤサイドウィンドウに渡された1本のウィンドウガード。これが貨客車の印である。

当時登場した軽自動車の多くがこうした貨客車扱いであった。無論、自家用車として開発されている

のであるが、税制上有利となる4ナンバーで登録できるようにし、増加中であった女性ドライバーを

取り込もうとしたのである。小型・普通自動車では4ナンバーは毎年車検となってしまうのであるが

軽自動車では5ナンバーと同じ2年車検。それなら税額が半額近い4ナンバーにしてしまおうという

法律の穴を突くような手法であった。4ナンバーには、荷室の規格があり、それに伴って後席の

居住性が犠牲になりがちではあるのだが、普段1人で乗っている場合が多いことや、後席に人を

乗せるにしても小さい子供の場合がほとんどだったりで、若い女性ドライバーにとっては別に不都合

のない規格であった。外見上もリヤウィンドウに保護の棒を1本足すだけでその他のデザインは

自由であったから4ナンバーが足枷になるということもなかった。

 

この車の前席に乗せてもらったことがあるが、感覚は「ボートに乗っている?」というような独特な

感じであった。低い視点のまま、足をボンネット下に滑り込ませて路上を流れゆくような印象。

 

 

 

トゥデイは、低く潜り込むような姿勢を見せながら、初代シティと同様の丸目の愛嬌のある表情を持つ

独特の魅力を帯びた車だった。それがいかに魅力的であったかは1990年代になってルノー・トゥインゴ

のデザインに如実にその影響が現れたのを見てもわかる。外国車のデザインをパクる国産車は多いが

外国車にパクられる例はそう多くはない。トゥインゴは初代トゥデイ登場から約10年後に日本に姿を現したが

同時期であったならホンダの車と思われていたことだろう。

 

トゥインゴ

 

シングルワイパーは当時、「豪雨時にも機能を果たせるか」と心配がられたものであったが、

それほど問題にもならず、かえってデザイン上斬新さがあるとして幾つかの車種には採用

されていた。しかし、90年代の声を聞く頃には全て絶滅してしまったのが残念である。

 

 

 

CMに使われた岡村孝子の曲(はぐれそうな天使)の人気もあって出始めから好調に

売れたトゥデイは、兄弟車ともいうべき2代目シティのデザインに倣って角目の顔つきに変更された。

 

(左)2代目シティ 1986−1993     (右)トゥデイ 1988−1992

 

 


 

 

1993年、今度は5ナンバーの純然たる乗用車として新型が登場した。

リヤハッチは小さいながらも独立したトランクになり、逆スラントしたリヤピラーを

リヤウィンドウが落ち着かせているという個性の強い後部のデザインであった。

 

 

 

間もなく先代にはなかった4ドアモデルも追加されたが、デザイン的には2ドアが

最も個性を主張していた。先代より更に女性向けの印象も強くなってきたように思う。

 

先代の、地を這うような低さを強調する手法を採らなかったのは天井の低さの不評を

払拭する目的であったのだろうが1996年に個性的だったリヤ周りをごく普通のハッチに

変更してからは車高、形とも他社の車と差が見られなくなり面白みがなくなった。

 

 

リヤ周りを変更

 

登場時には独特の魅力を持った個性豊かな車も、時を経るに従い営業側の意見を

取り入れて行き、次第に最大公約数のような無個性で似通ったものになるのはトゥデイ

だけのことではない。末期のトゥデイに感じるものは何もないが、初期のものはいずれ

近い将来、コレクターズアイテムに数えられる一台になるような気がしている。

 

 

 

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